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欅ものがたり

 『欅ものがたり』は、〈一本の大欅〉との出会いから始まった。かつて実家の庭に佇んでいたその大欅は、子孫家屋の大黒柱となるべく、ひっそりと寝かされていた。私たちは、この大欅を通して先祖に対する畏敬を感じ、建築主の精神的支柱とすべく〈棟持柱〉として立てることにした。時に、優しく孫を愛でる祖父母のようにも、祈れる御神木のようにも感じられるように。そして、その棟持柱と家族の平穏な日常を〈鞘堂〉の原理で包み、霊峰立山の〈庇護感〉の内に据えた。

DFA Design for Asia Awards 2023 Merit
2023年度グッドデザイン賞
ウッドデザイン賞2023

所在地/富山県氷見市

主要用途/住宅

家族構成/夫婦+ 子供1 人

​設計/馬淵大宇研究室+ 風建築設計工房

 担当/馬淵大宇 山田雄一 協力/秦明日香 金子航輔

施工/棚田建設

 担当/棚田毅 棚田創

規模/階数 地上1 階

   敷地面積 463.41 ㎡  

   建築面積 104.29 ㎡(建蔽率22.50% 許容70%)

   延床面積 103.58 ㎡(容積率22.35% 許容200%) 

欅ものがたり

欅ものがたり

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Ⅰ.〈一本の大欅〉との出会い と『欅ものがたり』のはじまり 

 

先祖由縁の〈一本の大欅〉との出会いから、共感可能な「ものがたり」がはじまる。 

 『欅ものがたり』は、〈一本の大欅〉との出会いからはじまった。立山山麓の田園風景が広がる長閑な橋の麓に、酪農を営んだ本家の「分家」を建てることになった。本家の納屋を覗くと、大割りされて十数年も天然乾燥されていた長さ5m,450mm角もの大欅が寝かされていた。元は、代々本家の庭に聳えていた大樹だったようだ。私たちはこの大欅に、未来永劫子孫が栄えるようにと願った先祖の気配(呼び声)を感じた。設計は、自ずとこの大欅を〈棟持柱〉として立てるところから始めることになる。建築主の精神的支柱になることを願って。

大欅

Ⅱ. 21 世紀における〈平和的ロマン主義建築〉への挑戦 

 

「現実」と「おとぎ話」の狭間で、世界の片隅の「何気ない平和」を共に考える。 

 敷地からは、北アルプス・立山の絶景が一望できる。富山県民は、等しく霊峰立山の〈庇護感〉を原風景に有している。また、原風景の〈庇護感〉は、立山信仰に語られる阿弥陀如来の加護の光景によって裏打ちされている。『欅ものがたり』は、自ずと住み手と作り手の間で共有される、その原風景を背景に広がっていく。

 先祖由縁の〈一本の大欅〉は、立山の麓の小さな集落から、世界を股にかける大棟さえも支えるかのような貫禄を放っていた。私たちは、この住まいの棟をその〈一本の大欅〉に託した。〈棟持柱〉となった〈一本の大欅〉は、時に優しく孫を愛でる祖父母のように、時に祈れる御神木のように、この住まいを支える。

 また、私たちは、この住まいの外観を〈鞘堂〉の原理で構成した。そして、その形態の原型には、立山信仰に語られる阿弥陀如来の手掌を意識した。つまり、阿弥陀如来が合掌する様子をオマージュし、両掌に〈棟持柱〉とその基に営まれる家族の平穏な日常が包まれる光景をイメージした。それにより、どっしりと構えつつ内を包み、また、合掌の隙間から地域に開かれた印象を同時に実現させた。

 建築主の現実が起点になった、先祖由縁の〈一本の大欅〉と霊峰立山の〈庇護感〉の「おとぎ話」は、世界の片隅で、住み手と作り手が共感し合える豊かな未来を形づくる。ロシアで膨らんだゴヤの『巨人』とは対照的に。

Ⅲ.「ものがたる建築」の実践としての『欅ものたがり』

 これまで解説してきた『欅ものがたり』は、「ものがたる建築」という独自の設計概念の実践としての側面を持つ。「ものがたる建築」とは、住み手自身が自らの物語(エピソード)として、建築をものがたることができることを意味する。この概念を実現するためには、住み手と作り手がデザインの根幹のところで、リアリティーある価値観を共有できることが必須となる。もし、共有できなければ、作り手のデザインは住み手にとって、リアリティーのない絵に描いた餅となり、住み手自身が住まいをものがたることはできない。


 私たちが「ものがたる建築」を重要視する理由は、住み手が建築に愛着を持って、末永く住まうために欠かせない概念として捉えているからである。私たちはこれまで、住み手や使い手が建築に対する愛着を失った時、時間的・経済的価値の劣化の波を超えられず、あっという間に消え去ってきた歴史を目の当たりにしている。一方で、愛された建築は、失われてもなお、復興できることを同様に知っている。つまり、「ものがたる建築」は、​消費と廃棄を根本構造に有する資本主義社会の中で生まれる建築の宿命に対する、ささやかな挑戦でもある。​そして、「愛着を持って住み継ぐ」ことは、「使い続けることによるサスティナブルな社会」​へのひとつの答えでもある。


 私たちは、『欅ものがたり』が、愛着のある住まいとして末永く存在し続けることに期待している。建築主の現実が起点となった「おとぎ話」を、住み手によって語られ、語り継がれることによって。そして、それが時に、ニーチェ以降、明確に神を見失った我々現代日本人にとって、神の座を仮座してくれる存在となってくれると信じて。

Ⅳ. 『欅ものがたり』に施した諸工夫

 

A. 床座を促す軒先の垂壁

 和室の軒先に長く垂壁が下がる。一見不自然に下りた壁。しかし、この意匠は、住み手を畳に臥すことを促す。和室に立つと視界は遮られ、空間は閉鎖的である。一方で和室に臥すと一気に視界は川沿いへと広がり、立山連峰越しの桜並木が一望できる。この敷地から伺える最も美しい景色である。住み手が好んで床に寝そべり、い草の香り漂う和室で、ゆったりと絶景を堪能してほしいというささやかなメッセージがこの意匠にはある。

B. 軒先を織り込んだロフト空間

 〈棟持柱〉となった〈一本の大欅〉に支えられた大屋根は、軒先の両端が内側に巻き込まれ、幅1mほどの長いロフト空間を内包する。一般的に屋外に属するこの空間が、内部空間へと転換されることで、内部における大屋根の〈庇護感〉を増大させる。特に、日没直前のひととき、西陽と間接照明に照らされた〈一本の大欅〉とその屋根下空間は、住み手に荘厳さをも感じさせる。また、幅広の長いロフト空間は、時に子供の遊び場や一時的な収納空間にもなる。

C. メタファーとしての〈棟持柱〉と〈十字柱〉

 棟を支える柱には、内包した〈棟持柱〉の他に、外部の両端で支える〈十字柱〉がある。〈棟持柱〉には、東大寺南大門の大仏様を彷彿とさせる仏教のメタファーを配したのに対し、〈十字柱〉には、ギリシア正教の正十字を彷彿とさせるキリスト教のメタファーを配した。両者の起源は全く異なるが、どちらのメタファーも「平和」を象徴する。

D. 子供室で挟み込んだクローゼットと乾燥室

 この住まいでは、クローゼットと乾燥室を2つの子供室で挟み込んでいる。これは、富山県の湿潤な気候と衣類動線を配慮した結果である。富山県は国内有数の降雪量があり、1日を通して晴れることも少ない。そのため、洗濯物を干す環境に配慮が必要である。また、田園風景の只中という立地は見晴らしがよい一方で、洗濯物を隠すことが難しい。そこで、内部に乾燥室を作り、子供室とクローゼットとを併設させることで、乾燥室で乾かした衣類をそのままクローゼットへ移動させ、子供たちが衣類を直接子供室から取り出せる衣類動線を構築した。

Photographs | © Ookura Hideki / Kurome Photo Studio

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